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佐賀県知事選とネット選挙(下) 違和感を共有した~ネット選挙の現実

この記事は以下のエントリの続きです。まだお読みで無い方は、先に(上)からお読みください。
佐賀県知事選とネット選挙(上) 違和感が人を集めた~ひまじんうんことYahoo!ブリーフケース - 畳之下新聞

自治体ソーシャルデバッグ」という概念

武雄クラスタの規模が大きくなったことで、武雄市周辺の施策について、多面的な検証ができるようになっていました。

たとえば、自治体通販であれば、Web技術者はコーディングの問題点を、セキュリティ技術者はXSSを、インフラ技術者はサーバの設定を、EC経験者は商品コピーを、特定商取引法計量法まで、短時間に、さまざまな角度から専門的な指摘を行うことが出来るようになっていました。


武雄クラスタは、ネット上でtwitter等を使って情報交換をしていましたから、すべての指摘は公開されていました。
するといつしか、武雄市が新しい事を始め、武雄クラスタが様々な角度から問題点を指摘すると、いつの間にか問題点が修正されているのが当たり前になっていました。
この流れを「自治体ソーシャルデバッグ」と呼んでいました。もちろん専門的アドバイスの費用は無償です。

ネットかリアルか

武雄クラスタには、私を含め、直接武雄に足を運んだ人がたくさんいます。
武雄の街を歩き、武雄市図書館を見て、現地の空気を吸うことで、新たな視点が生まれました。
また、武雄市民とつながることで、私達が感じている「違和感」は、武雄市民も同じように感じていることを知りました。

武雄クラスタは、ネットでの動きを超えて、武雄の街や人とつながっているのです。
ネットとリアルという概念は、すでに意味を持っていませんでした。

ステージが変わった

その時は突然やってきました。
古川康氏が国政に転身、佐賀県知事選に、樋渡氏が出馬を表明したのです。
出馬の経緯や保守分裂など、選挙全般の話題については、ここでは説明を省きます。

出馬表明を受け、武雄クラスタでは、いわば「選挙ソーシャルデバッグ」が始まっていました。
パンフレットにかかれた実績の検証や、公職選挙法上の問題点、選挙ポスターの紙質からユニバーサルデザインまで、多面的に検証していました。

選挙戦のスタート時点では、与党推薦で知名度もある樋渡氏優勢のムードでした。
しかし、武雄クラスタでは雰囲気の変化を感じていました。
立候補表明当日に突然削除された樋渡氏のtwitter*1、雨でシワになった選挙ポスター(その後張替
佐賀県知事選のポスターが雨ざらしのエロ本のようだと話題に - Togetter)、突然公開された樋渡候補の公式サイト、毎日のようにfacebookで公開される候補のイメージビデオ、録音テープによる安倍総理からの電話など、選挙運動に何らかの混乱が起きていることが見て取れました。

落選運動 何をやって何をやらなかったか

まず、落選運動とは何なのでしょうか。
選挙運動は、公職選挙法により厳しく制限されていますが、特定候補者の落選を図る行為は選挙運動ではありません。*2

当選目的がなく、単に特定の候補者の落選のみを図る行為である場合には、選挙運動には 当たらないと解されている(大判昭5.9.23刑集9・678等)。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000222706.pdf#page=37

結局、武雄クラスタは、選挙期間中も従来通りの活動を続けました。
ただし、選挙運動であると誤解を招かないよう、特定の候補を応援しない、投票日の情報発信は控えるなど、注意点を共有し、細心の注意をはらい続けました。

そして、その活動の最中の登場し、落選運動の核となったのが、落選運動サイトの 通称「ノーモア樋渡」 でした。

https://nomore-hiwatashi.com/


各候補も、選挙期間中のネット対策として、候補者の公式サイトやblogなどを開設していました。
しかし、その多くは、簡易的なCMS*3や汎用的なblogサービス*4をそのまま使うなど、昨今のWebの常識から到底かけ離れたものばかりでした。


落選運動サイトは、SEO対策やレスポンシブ対応など、現在のWebの作法に則って作成されていた上、事実に基づく情報がシンプルに表現されていました。
そして、瞬く間にネット上に広がり、選挙戦中盤には主要な検索キーワードでファーストビューに入っていました。

落選運動は効果があったのか

選挙の結果は、皆さん御存知の通りです。
無名の新人である山口氏が当選、樋渡氏は、4万票の差をつけられての落選となりました。

では、落選運動によって、樋渡氏は落選したのでしょうか。
これは、まだ分かりません。

武雄クラスタは、裏付けのある情報を蓄積し、ネットに残しつづけてきました。

佐賀県有権者が、ネットで調べようと思ったきっかけは何だったのか。
それはやはり、候補者への「違和感」だったのではないでしょうか。
たどり着いた情報の山を見て、武雄クラスタの感じた「違和感」を共有したのではないでしょうか。
そして、「不確定な将来よりも、残してきた実績を見て判断するほうがいい」という、現実的な判断の支えになったのではないでしょうか。

ところで、投票する年齢層が、ネットで情報を得たとは考えにくいという指摘もあります。
この点に関しては、2つの考察があります。

1.ネット検索を呼びかけるビラが配布された

選挙に行く前に、各候補者の情報をネットで検索するよう呼びかけるビラが、新聞折込で配布されたことが確認されています。
新聞を購読している層は、年齢層的にも投票に行く層との相関が期待できます。
その層に対して、新聞折込という手段を通じて伝わったことで、信ぴょう性の高い情報として受け止められたのではないかという考察です。

2.ネットを利用する層から投票する層への情報伝播があった

佐賀県のインターネット普及率が低いという指摘がありますが、他県と比較しても特別に低いわけではありません。*5
ネットを使わない層も、家族に代わりに調べてもらう*6など、他人を経由して日常的にネットの情報を入手している可能性が指摘されています。
自分の家族を通じて伝わった事で、自分で触れるよりも信ぴょう性の高い情報として受け止められたのではないかという考察です。

これらについては、さらなる考察が期待されます。

首長選挙は、長くても4年に1回はやってきます。
見方を変えれば、冷蔵庫や洗濯機、エアコンの買い替えより短いスパンになるわけです。
何か大きな買い物をする時には、まずネットの口コミを見るという人が増えてきました。
今回の佐賀県知事選でも、候補者の情報をネットに求めた層は確実に存在していて、その数は、投票日に近づくほど増加していきました。

「選挙の時に候補者の事をネットで検索する」時代は意外と近いのかもしれません。
果たしてその時、政治家は、ネットで市民を動かすことが出来るのでしょうか。

ネットで政治は動いたのか

武雄クラスタは、2014年4月の武雄市長選挙で、少なくとも人口5万人規模の自治体では、市民がネットで政治を動かすことはできないことを学びました。

その武雄市の市長として、ネットでの情報発信をし続けた樋渡氏も、ネットで市民を動かすことは出来ていなかったのではないか。
これが、私が感じていた違和感でした。

その違和感は、落選が決まった直後、樋渡氏に支援者からかけられた声で、確信となりました。

でもね、樋渡さんが発信したことは、間違いではないですよ。
ただ、樋渡さんの話が高度すぎた、5年先10年先は絶対樋渡さんなんだから。
謝る必要ないですよ。
樋渡さんのやってきたことは間違いではないですよ。
ただ、理解していない人が、いっぱいいたわけなんです。
本当に立派な方ですよ、facebookにしても、あれでペケをつける人は誰もいない。
自信を持ってください。
あのJAのお百姓さんたちもね、絶対にわかりますよ。
樋渡さんに投票したほうがよかったということが。
力強い言葉で発信し続けてください。あれだけの本を3冊も4冊も書く人はいらっしゃいませんよ。
樋渡さん、頑張ってください。
- YouTube *7

突然のエールに、壇上に立つ樋渡氏は、笑みを浮かべていましたが、声援を送った支援者は、熊本から来た*8のだそうです。

*1:http://anond.hatelabo.jp/20141230155153

*2:ただし、選挙期間中の落選運動については、電子メールアドレスなどの連絡先を明示すること等が求められています。

*3:樋渡氏はWix.com無料版で候補者サイトを作成、選挙期間半ばに公開しました。

*4:樋渡氏は、自身のexcite blogを候補者サイトとして選管に届け出ていました。

*5:平成25年度時点の全国ネット利用人口が82.8%にであるのに対し、佐賀県は80.4% です。 平成26年度情報通信白書 図表5-3-1-5 都道府県別インターネット利用率(個人)

*6:全国の単身世帯率が31.2%であるのに対し、佐賀県の単身世帯率は24.5% いずれも2010年国勢調査ベース

*7:方言を意訳しています

*8:後に熊本の猟師と呼ばれることになる