佐賀県知事選で、インターネット上で樋渡候補への落選運動が起こり、その候補が落選したため一部で話題になっています。
- 落選運動は対立候補の支援を受けた、対立候補の当選を目指した活動でした
- 既得権益団体を母体に、選挙のために編成された、ネット工作員でした
- ネット対策業者を通じ、高度に組織化された要員が活動していました
- 公職選挙法で禁止されている行為を行っていました
- 実は活動していた人に、佐賀県民は一人もいませんでした
落選運動と言うと、このようなイメージを持っているかもしれませんが、私が知る限り、これらはすべて当てはまりません。
ここまでを振り返りながら、何をして、何をやらなかったのかを振り返りたいと思います。
違和感を共有する人々が集まった
落選運動を遡ると、twitterで武雄クラスタとよばれる人たちにたどり着きます。
今回落選した樋渡氏が市長を務めた、佐賀県武雄市は、人口5万人足らずの地方都市でありながら、先進的な政策に取り組む自治体として、全国的に注目されていました。
「武雄クラスタ」は、その武雄市の政策について問題意識をもった人の集まりです。
といっても、twitterのハッシュタグ #たけお問題 にあつまるアカウントに過ぎず、組織化されているものではありません。
どのアカウントが武雄クラスタなのか、私には分かりませんし、おそらく把握している人はだれもいないでしょう。
その武雄クラスタに人が集まったタイミングが、いくつか有りました。
武雄市ホームページのfacebook完全移行
2011年8月から、武雄市は市のホームページ廃止して、facebookページに全面移行しました。
ゴミの収集日や選挙の日程、はたまた市街地にサルが出たという情報まで、提供する情報のすべてをfacebookページで提供し始めたのです。
また、市役所の全職員がfacebookアカウントを取得、市民にもアカウント取得を奨励することで、市職員と市民との直接交流をめざしていました。
武雄市長自ら積極的にメディアに登場、Webメディアはもちろん、テレビでも全国的に取り上げられ、多くの人の目にとまりました。
「facebookだけで、すべての情報を提供するのは無理があるのでは」
「地方都市でのfacebook普及はまだまだで、すべての人に情報が届かないのでは」
「センシティブな情報を実名制のfacebookで扱えるのか」
「市職員の運用ルールを決めないと炎上するのでは」
このような疑問が生まれるのは自然な事。
twitterでも素朴な疑問のコメントが多くつぶやかれ、気軽なディスカッションが行われるという、見慣れた光景が繰り広げられていたのですが、ここからが違いました。
これらの気軽なツイートに対して、市長である樋渡氏から直接メンションが飛んできたのです。
それは、このようなものでした。
「全然違います」
「もっと勉強してください」
この反応に「違和感」を感じた、Web業界や自治体IT関係者が、武雄クラスタの活動に加わっていくことになります。
そして、Facebook全面移行から約2年後の年末、武雄市のfacebook活用が再び注目される事件が発生したのです。
武雄市図書館へのTポイントカード導入
2012年5月、武雄市立図書館の企画運営について、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下 CCC)と提携し、図書館カードにTポイントカードを導入するとの構想を発表しました。
この発表はUstreamで中継されており、質疑応答の時間も設けられていました。
ある質問者からは、以下の質問が投げかけられました。
Tポイントカードで図書を借りたときに、借りたという情報はCCCに提供されるんでしょうか。
この質問へ回答したあと、樋渡氏は、こう付け加えました。
ああ、ただね、ひとこと言うと、これね、今までね、これ個人情報だって名の下にね、全部廃棄してたんですよ。なんで本をね、借りるのが個人情報なのか、って僕なんか思いますので。
声を荒げ、怒りをぶつけるようにして、この答えを言い放った相手、画面の向こうにいた質問者は、他でもない高木浩光氏でした。
高木浩光氏については、特に説明はいらない読者が多いと思いますので、説明は省きますが、当時は産業技術総合研究所主任研究員の立場*1でした。
高木浩光氏は、樋渡氏との質疑応答を受け、会見当日に個人blogにエントリをまとめます。
どんな本を借りたかが個人情報でないとは斬新な市長だ。しかもそこを、このように怒りをぶつけるようにして言ってしまうというのは、どのような気持ちの背景があるのだろうか。
高木浩光@自宅(テレワークを除く)の日記 - 武雄市長、会見で怒り露に「なんでこれが個人情報なんだ!」と吐き捨て
その翌日には、樋渡氏が自身のblogで反論、いつしか議論の場はtwitterへ移っていきました。
記者会見から4日後、多くの人が「いつもの高木無双か」と思って見ていた頃、決定的な事件が起こります。
それは、樋渡氏が発したツイート*2がきっかけでした。
あなたがリツイートした内容も含めて上司に報告し判断をしてもらいますし、多くの国会議員にその内容を報告します。私は脅迫など下卑た行動はとったことはありません。
https://archive.today/w0vPr
高木氏の長い活動において、このような出来事はめずらしくありませんでした。
しかし、その日の夜、高木氏はblogの最後に以下のメッセージを残し、twitterとblogの更新を停止したのです。
私にできることはここまでです。ここから先は私の役割ではないと考えています。必要だと思われる方々で行動して頂くほかありません。昨年夏以来、次々と登場する事案に、私的な時間のほとんど全てを費やしてきましたが、そろそろ限界を感じています。「もしここで自分が書かなかったら」「そのままスルーになってしまうのではないか」そういう想いでこれまで走り続けてきましたが、いったいいつまで続くのでしょう。私個人の行動ではなく、社会の仕掛けによってこれまでの各種問題が解決されていくようになっているべきです。欧州や米国に見られるような仕組みが早く日本にも確立されることを願ってやみません。
高木浩光@自宅(テレワークを除く)の日記 - 「個人情報」定義の弊害、とうとう地方公共団体にまで
高木氏の行動に、twitterは一時騒然としました。
今振り返ると、この事件が、武雄市に関する問題が、より広く深く議論され始めるきっかけになったと記憶しています。
ところで、このころ高木氏に注目していたのは、ITセキュリティ関係者だけではありませんでした。
2010年6月に発生した、岡崎市立中央図書館事件をきっかけに、図書館に関する知見を持った多くの技術者や図書館関係者も、高木氏の活動に注目していました。
岡崎市立中央図書館事件(おかざきしりつちゅうおうとしょかんじけん)は、2010年3月頃に岡崎市立中央図書館の蔵書検索システムにアクセス障害が発生し、利用者の一人が逮捕された事件である。利用者に攻撃の意図はなく、また、根本的な原因が図書館側のシステムの不具合にあったことから論議を呼んだ。逮捕された人物が取調べの後、Librahackというサイトを立ち上げて解説をしたことから、Librahack事件とも呼ばれる。
岡崎市立中央図書館事件 - Wikipedia
こうして、「違和感」を感じた、ITセキュリティ関係者や図書館システム関係者、図書館の利用者が、武雄クラスタの活動に参加することとなります。
そして、図書館構想の発表から3ヶ月が過ぎた頃、樋渡氏の個人情報管理が再び注目される事件が発生したのです。
続きます
*1:2015年1月現在は内閣官房情報セキュリティセンター出向中
*2:あまりおすすめしませんが、どうしても細かいやりとりを把握したいかたは togetterを見てください http://togetter.com/li/300338 http://togetter.com/li/408654 気分が悪くなっても責任は持てません