畳之下新聞

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長谷川豊さんが伝えてくれなかった人工透析の現実

前回の記事では、長谷川豊さんの人工透析自己責任論には、ちょっと取材不足の部分があるんじゃないのかな という指摘をさせていただきました。
nukalumix.hateblo.jp

かなりの反応があったのですが、見ていて興味深い現象がありました。
日頃ネット上で激論を交わしている「混ぜたら危険な方々」であっても、この件に関しては思想と信条を超えて「コレはダメだろ」という反応だった事です。
世の中まだまだ捨てたもんじゃない。




なぜ長谷川豊さんは人工透析に着目したのだろうか

まずは、長谷川豊さんの主張について実効性があるものなのか検証してみます。

人工透析を受けている患者数は、2014年末時点で 約32万人 です。
ここ10年ほどは増加が鈍ってきている傾向にあります。

2011年末に初めて30万人を超えたわが国の慢性透析患者数は2014年末には320,448人となった。この数は、前年より6,010人の増加である。2005年ころまで年間約1万人ずつ増加していたが、近年慢性透析患者数の増加が鈍ってきている。
わが国の慢性透析療法の現況 2014年12月31日現在 - 一般社団法人日本透析医学会
http://docs.jsdt.or.jp/overview/pdf2015/p003.pdf

長谷川豊さんのblogによると、人工透析療法の医療費は、一人年間500万円かかるとされていましたね。

ちなみに、透析患者には一人年間500万円かかります。
日本人の平均年収以上ですね。
必死に払ってる保険料、そうやって食いつぶされ続けているのです。
自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!! - 長谷川豊公式ブログ

ざっくり計算すると、人工透析療法にかかる医療費は 500万円 × 32万人 の 年間 1兆6千億円 という計算になります。

同じく、長谷川豊さんのblogによると、日本の総医療費は 40兆円 なので、人工透析療法の占める割合は 5%以下です。

先日の読売新聞の記事にも出ていましたね。わずかこの1年で日本の医療費は40兆円を超えて前年比、1.5兆円の増加です。
自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!! - 長谷川豊公式ブログ

長谷川豊さんの提言通り、仮に人工透析療法の医療費をすべて自己負担にすれば、年間約1.5兆円の医療費削減ができる事になります。
しかし、その額は 1年間に増加する医療費とほぼ同額 に過ぎず、根本的な対策になるとは思えません。

長谷川豊さんは、日本の社会保障給付のシステムに疑問を投げかける上で、なぜ人工透析に着目したのでしょうか。

長谷川豊さんが伝えなかった人工透析の現実

長谷川豊さんのblogを読んで、人工透析さえ受ければ、元気に過ごせるし、しかもその医療費はタダであるという印象をもった人も多いかもしれません。

しかし現実はそうではありません。


人工透析患者を中心とした透析患者の団体である 一般社団法人 全国腎臓病協議会は、長谷川豊さんのblogは「透析患者に対する誤った認識を社会に印象づける」ものだとして抗議文を送付し、撤回と謝罪を求めています。

9月19日貴殿の公式ブログ「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」のタイトルおよび内容は、透析患者に対する誤った認識を社会に印象づけるものであり、強い憤りを覚えます。
長谷川豊公式ブログの人工透析患者に関する掲載文に対し撤回と謝罪を求めます
http://www.zjk.or.jp/news/2_57e4d73454c46/index.html

では、もう少し、人工透析の現状を追いかけてみましょう。







なお、これ以降は統計資料を引いた上で生死に関わるテーマを扱います。お読みになるかどうかはご自身で判断をお願いします。
また、人工透析医療の批判や、患者さんやご家族の方に無用な心配を与える目的ではないことをここで表明しておきます。


新規の透析患者数は横ばい

人工透析患者は増加傾向にあるものの、伸びが鈍化している事は前述のとおりです。
では、毎年どのくらいの方が人工透析を開始しているのでしょうか。

2014年の導入患者は38,327人で前年度より232人増加した。2009年までは導入患者数は増加傾向を示していたが、2010年以降は微弱な患者増減はあるがほぼ横ばいで推移している。
一方、死亡者数は30,707人で2013年より44人減少した。死亡患者数も一貫して増加してきたが、2011年以降は、ほぼ横ばいで推移している。
わが国の慢性透析療法の現況 2014年12月31日現在 - 一般社団法人日本透析医学会
http://docs.jsdt.or.jp/overview/pdf2015/p004.pdf

2014年には、約38,327人の方が人工透析を開始され、その一方で2014年に30,707人の方が亡くなられています。

一日約100人の患者さんが人工透析を開始され、その一方で約85人の透析患者の方が亡くなられている - これが、いまの人工透析の姿です。ここ数年は人工透析を開始される方、そして亡くなられる方も横ばいの状況が続いているのです。

人工透析患者の余命

また、人工透析さえしていれば、元気に暮らしていけるというわけではありません。

1年生存率は2013年に導入した36,369人で検討して89.7%であった。2009年導入患者の5年生存率は60.5%、2004年導入患者の10年生存率は36.2%、1999年導入患者の15年生存率は23.1%、1994年導入患者の20年生存率は15.9%、1989年導入患者の25年生存率は12.1%であった。
わが国の慢性透析療法の現況 2014年12月31日現在 - 一般社団法人日本透析医学会
http://docs.jsdt.or.jp/overview/pdf2015/p028.pdf

人工透析をされている方の 1年生存率は約9割、5年生存率は約6割で、改善傾向にあるものの、5年後には約4割の方が亡くなられています。*1

そして、さらに厳しい調査結果もあります。

透析人口の平均余命は、どの年齢においても、同性・同年齢の一般人口平均余命の「概ね半分」の値を示した。この結果は、透析人口の生命予後は、一般健常人の生命予後に比べて、まだまだ大きなハンディがあることを示している。
わが国の慢性透析療法の現況 2005年12月31日現在 - 一般社団法人日本透析医学会
http://docs.jsdt.or.jp/overview/pdf2006/p43.pdf

人工透析を開始してからの平均余命は 同性・同年齢の一般人口平均余命の概ね半分 というのが現実なのです。

この現実は、あまりにも知られていないのではないでしょうか。
このような現実に立ち向かっている患者さんが、長谷川豊さんのblogを目にした時の心境を思うと、心が痛みます。



日本透析医学会も意見を表明してほしい

長谷川豊さんは、人工透析の現場と現実 という記事の中で、グラフを使って以下のように述べています。

…ちゃんと見たい人もいるか。11ページ目だけ、リンク張っとこう。こちら
少し解説しますね。

2型糖尿病が原因で新しく透析になる人は、2014年の最新データで約45パーセントもいます。
大変申し訳ないことですがはっきりと言わせてください。現場の医師に言わせれば、少なくとも彼らのほとんどは間違いなく「自分が悪い」ので透析になった患者です。ピーチクパーチクとうるさい人もいるでしょうから、ちょっと説明が必要なのですが、それは後で言いますね。

で、もう一つ腎硬化症という病気があって、これは高血圧が原因でなる病気です。高血圧も塩分の摂り過ぎや肥満、運動不足が原因なので(もちろん体質もありますが)、これも15パーセント近くを占めている自業自得病というのが現場の医師たちの正直な判断です。
人工透析の現場と現実 - 長谷川豊公式ブログ

長谷川豊さんが引いているのは、一般社団法人日本透析医学会が発行している「わが国の慢性透析療法の現況 2014年12月31日現在」という 資料です。
この資料の末尾にある、日本透析医学会統計資料利用規程 にはこう記されています。(下線はblog筆者)

「統計資料」は,本学会会員の協力により,日本の透析医療をより良くするために収集した本学会が所有する医療データである.すなわち,「統計資料」は,本学会会員が,会員施設内で透析医療の質を向上させるために活用されることを意図している.しかし,一方で「統計資料」は地域の医療の質の改善や,医療経済の将来予測などの公益のためにも使用されている.このような状況を踏まえて,本学会は会員だけでなく,患者・国民に対して透明性を高め,公共の利益を向上させるために「統計資料」を原則的に公開する.
 しかしながら,統計資料は広く誰もが勝手に利用するために作成されたものではないので,その誤用を避けるために以下のように利用規程を定め,本来の目的に沿った利用を希望するものである。医学用語に関しては,透析医療の領域でその時期に一般に使われているものであり,透析を専門としない方が容易に理解できる形で提供されてはいないので注意されたい.
1.「統計資料」をそのままの形で引用,図の引用,及び単一の図または表からのデータを使って作表・作図する場合.発表中に出典を明らかにすれば,特に本学会に届けることなく利用できる.発表や出版により,本学会各会員・調査に協力した施設・その他に被害が生じた場合には,後日発表者・著者に抗議し内容の訂正を指示,被害に相当する実費や慰謝料等の請求をする場合があるので,数値の取り扱い・結果の考察や解釈は慎重に行うこと.なお,「統計資料」内の数値はその後の再集計等により順次更新されるため,数値の変動があることに留意し引用元を明示すること.
日本透析医学会統計資料利用規程
http://docs.jsdt.or.jp/overview/pdf2015/p068-069.pdf


長谷川豊さんは、透析医療の質を向上させるために活用されることを意図している、日本透析医学会の統計資料を使って、人工透析を受けている患者を批判しているわけです。
これは、透析医療の質を向上させるために活用されていると言えるのでしょうか。

すでに、透析患者の団体である全国腎臓病協議会は、長谷川豊さんに抗議文を送付しています。

取るに足らない意見として静観しているのかもしれませんが、透析医療を担う日本透析医学会も、何らかの意見を表明していただきたいと思います。

問題提起すればそれでいいのか

長谷川豊さんは、日本の社会保障制度への問題提起をしているんだと思いますが、今の論はただの弱者いじめで、地に足の着いたものではありません。
前回のblogにも書きましたが、健康保険や年金がヤバイ状況なのは、ほぼ共通認識だと思います。
長谷川豊さんが問題提起しなくても、すでにたくさんの方が考えてくれていますので、ここはおまかせしたほうがいいんじゃないでしょうか。

それとも、何か切り込まないといけない事情があるんでしょうか?

一般社団法人 医信 の 理事 でもある 長谷川豊さん。

http://archive.is/nwlhOarchive.is

一般社団法人 医信




追記

2016年10月7日付で、日本透析医学会より基本方針に関する声明が発表されました。

http://www.jsdt.or.jp/info/1996.html

*1:年齢調整はされていません