電気通信における「通信の秘密」について解説します(追記あり)
この記事は法的見解を示すものではありませんのでご了承ください。
総務省や業界団体のガイドラインに基づいて記載していますが、間違いがありましたらコメント等で優しくご指摘お願いします。
憲法における「通信の秘密」
「通信の秘密」は、日本国憲法により保障されています。
日本国憲法
第21条2項
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
憲法における通信の秘密の保護は、国民のプライバシー保護にとどまらず、公権力や通信業務従事者によって通信の秘密が侵害されないことを保障しています。
電気通信分野において、憲法における「通信の秘密」が適用されるケースはまずありませんし、適用しても議論が大づかみになりすぎるので、憲法で保障されていることだけを理解しておきましょう。
電気通信における「通信の秘密」
憲法の規定を受け、電気通信の分野では、電気通信事業法や電波法、有線電気通信法等において、通信の秘密の保護について規定されています。
(追記)「通信の秘密」に関する法律と適用関係
電気通信における「通信の秘密」に関する法律の適用関係は、以下の通り整理されています。
電気通信事業者が媒介する通信 | 電気通信事業者が媒介しない通信 | |
有線電気通信 | 電気通信事業法 | 有線電気通信法 |
無線通信 | 電気通信事業法 | 電波法 |
電気通信事業法における「通信の秘密」とは
電気通信事業法
(秘密の保護)
第四条 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。
2 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。
電気通信事業法では、電気通信事業者による「通信の秘密」の厳格な保護を規定しています。
具体的には、電気通信事業法第4条において「通信の秘密」を保護する規定が定められています。
電波法における「通信の秘密」とは
電波法
(秘密の保護)
第五十九条 何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか、特定の相手方に対して行われる無線通信(電気通信事業法第四条第一項又は第百六十四条第三項の通信であるものを除く。第百九条並びに第百九条の二第二項及び第三項において同じ。)を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない。
電波法では、通信の存在や内容を漏らすことを禁止しています。
なお、電波の技術的特性から、傍受(積極的意思を持って自己あてではない無線通信を受信する)のみでは違法とならないと解釈されています。
これは、あくまでも電波法の規定であり、電気通信事業法や有線電気通信法には当てはまらないことに注意が必要です。
有線電気通信法における「通信の秘密」とは
有線電気通信法
(有線電気通信の秘密の保護)
第九条 有線電気通信(電気通信事業法第四条第一項又は第百六十四条第三項の通信たるものを除く。)の秘密は、侵してはならない。
有線電気通信法は、有線電気通信における「通信の秘密」の保護を規定しています。
有線電気通信とは、「送信の場所と受信の場所との間の線条その他の導体を利用して、電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けること」をいい、銅線や光ファイバーなどを使ったすべての有線通信が含まれます。
一般企業にも有線電気通信法は適用される
企業内のLANや内線電話であっても有線電気通信法が適用されます。
有線電気通信が同一構内にとどまっている場合、総務大臣への届出義務が適用されない(第3条4項)ことから、あまり知られていませんが、「通信の秘密」を規定する第9条を含め、罰則規定もあります。
そもそも「通信の秘密」とはなにか
「通信の秘密の範囲」は以下の通りとされています。
通信の秘密とは、(1)個別の通信に係る通信内容のほか、(2)個別の通信に係る通信の日時、場所、通信当事者の氏名、住所、電話番号等の当事者の識別符号、通信回数等これらの事項を知られることによって通信の存否や意味内容を推知されるような事項全てを含む。
通信の秘密の範囲は広く、「通信の内容」だけではなく「通信が行われた事実」も含むことに注意が必要です。
「通信の秘密」を侵害する行為とは
通信の秘密を侵害する行為は、大きく分けて以下の3類型とされています。
「知得」積極的に通信の秘密を知ろうとする意思のもとで知り得る状態に置く
「窃用」発信者又は受信者の意思に反して利用する
「漏えい」他人が知り得る状態に置く
なお、知得や窃用には、機械的・自動的に処理される仕組みであっても該当し得るとされています。
電気通信事業法における「通信の秘密」を侵害する行為の例
「通信の秘密」の該当性と「侵害行為」の該当性を検討する必要があります。
以下の行為はすべて「通信の秘密」を侵害する行為に当たるとされています。
・電話会社が通信記録をもとに料金を計算する
・電話会社が通話を記録し明細を発行する
・プロバイダがDNSサーバを提供する
・プロバイダがユーザーのメールを届ける
・プロバイダがSPAMメールの発信元を調査する
・プロバイダが有害サイトをフィルタリングする
・警察が令状をもとに通信履歴を差し押さえる
「通信の秘密」の侵害と違法性
前述の通り、メールの中継など、ヘッダ情報を読んで経路制御する行為は「通信の秘密」を侵害しています。
電気通信事業者であるプロバイダのルータそのものが、通信の秘密を侵害しているという考え方です。
しかし、現実問題としてはパケットの宛先を知得することが許されなければインターネットの通信自体が成り立ちません。
そのため、「電気通信事業者は通信の秘密を侵害していることになるが、業務を行う上での正当な行為であるため、違法性は阻却される」という建付けになっています。
電気通信事業法において、違法性が阻却されるケースとしては、総務省から以下のガイドラインが示されています。
・通信当事者の有効な同意がある場合(例:フィルタリングサービス)
・通信当事者の有効な同意がない場合であっても以下の場合
(1)法令行為に該当する場合(例:令状による通信履歴の差押え)
(2)正当業務行為に該当する場合(例:料金請求のための通信履歴の活用)
(3)正当防衛、緊急避難に該当する場合(例:人命救助のための利用)
有線電気通信法が適用される社内LANについても同様に、「通信の秘密」を侵害しているが、社内規則などで当事者の同意が得られているため違法性が阻却される という整理が通説です。
(まとめ)「通信の秘密」の侵害と違法性に関する論点整理
現在、IPネットワークの運用は、「通信の秘密」を侵害しているが、例外的に違法性が阻却されている と整理されています。
この整理をふまえると、違法性を判断するために必要な2つの論点が見えてきます。
最初の論点は「通信の秘密」を「侵害」しているか です。
ルーティングやスイッチングが、「通信の秘密」を侵害する行為にあたる以上、IPネットワークを運用する時点で「通信の秘密」を侵害していると整理するのが自然でしょう。
2点目の論点は 違法性が阻却されるか です。
違法性阻却事由の中でも、実運用上では、「有効な同意の有無」 と、「正当業務行為にあたるか」 が検討のポイントになるでしょう。
電気通信事業者の場合は、違法性阻却事由の基準について、業界ガイドラインがあります。
社内LANなどは有線電気通信法の範囲となります。
就業規則等で同意がなされているという建付けですが、そもそも争いになるケースが少ない*1のが実情です。
いずれにしても、「通信の秘密」を侵害せずにIPネットワークを運用することは事実上不可能です。
そのため、「通信の秘密」は侵害する としたうえで、違法性阻却事由に該当する行為かが実務上の論点となります。
(追記)違法性阻却事由の考え方
「電気通信事業者は通信の秘密を侵害していることになるが、業務を行う上での正当な行為であるため、違法性は阻却される」という考え方は、刑法35条を根拠としています。
刑法
(正当行為)
第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
たとえば、患者の体にメスを入れる行為は、外形的には傷害罪を構成しますが、医師が医療行為として行う場合は正当業務行為として違法性が阻却されます。
同様に、パケットを読んでルーティングする行為は、外形的に通信の秘密を侵害しますが、電気通信事業者がサービスを提供するために行う場合は正当業務行為として違法性が阻却されるという考え方です。
(追記)DNSクエリは通信の秘密にあたらないのではないかという議論
以下の定義から、電気通信事業者が取り扱うDNSクエリは、「通信の秘密」に含まれると理解して間違いないでしょう。
通信の秘密とは、(1)個別の通信に係る通信内容のほか、(2)個別の通信に係る通信の日時、場所、通信当事者の氏名、住所、電話番号等の当事者の識別符号、通信回数等これらの事項を知られることによって通信の存否や意味内容を推知されるような事項全てを含む。
つまり、DNSサーバの運用は、「通信の秘密」を侵害しているが、インターネットの通信役務を提供するために必須であるため、正当業務として違法性が阻却される と整理されます。
一方で「DNSクエリは、形式的にユーザーと電気通信事業者間の通信であるため、通信の秘密に該当しない」という主張もあります。
これについては、DNSクエリは一連の通信に含まれる構成要素であるため、通信の秘密に該当する と否定されています。
(追記)「有効な同意」とは何か
通信当事者の有効な同意があれば、通信の秘密の侵害にはなりません。
ただし、約款等による包括的な同意では足りず、侵害される通信の秘密についての個別具体的かつ明確な同意が必要とされています。
通信の秘密の侵害について、通信当事者の有効な同意がある場合は通信の秘密の侵害に当たらない。
通信当事者(発信者又は受信者)が、侵害される通信の秘密について個別具体的かつ明確に同意した場合でなければ、原則として有効な同意があるとはいえない。
ただし、通常の利用者であれば承諾することが容易に想定され、利用者が随時不利益なく同意を撤回でき(オプトアウト)、それらが十分に周知されるなどしている場合は、約款等での包括的な同意で足りるといえることがある。
電気通信事業者が、通信当事者の有効な同意を得ている例としては、いわゆる「通信の最適化」があります。
面白かったらブクマしてね!
*1:いわゆる 日経クイック情報(電子メール)事件 など、労働基準法や民法上の不法行為として争われている